「原因探し」から、『目的論』へ
病気や不調、痛み…はたまた仕事や家族関係の望んでない現状
「どうしたら良くなるだろう?」
「原因はなんだろう?」
こういう【問い】が頭の中にいつもあると思います。当然ですよね。
見えやすい問題もありますが、人間というもの、歳を取れば取るほど原因は複雑化していきます。
素直に
問いの答えは
でなかったりします。
アインシュタインの名言
「我々の直面する重要な問題は、
その問題を作ったときと
同じ思考のレベルで解決することはできない。」
(“We cannot solve our problems with the same level of thinking that created them.”)
外部要因「何かのせい」では
不調はでません。
認めにくいところですが、
必ず「自分が」
出しています。
ここを腑に落とさないと、
原因探し、犯人探しに翻弄されてしまいます。
一生涯
翻弄される方もいます。
あのせいだ、このせいだ、あれをしたからだ
あれを食べたからだ、検査が遅れたからだ
ワクチン打たなかったからだ、打ったからだ
こっちの病院がいいらしい、この栄養がいいらしい
テレビでこう言ってた、だってAIがいってたし!
などなど…
なんかそれっぽい架空の原因はいくらでも出てきます。
1週間以上続く不調においては、
この考え方は
ほとんど関係ありません。
あって2割程度。残り8割は内面の課題です。

そこで
「なんで痛いんだろ?」
「なんで治らないんだろ?」
という問いから抽象度・視点を上げて、
タイトルの『問い』…
この視点でみると、
違った答えと 自 分 が見えてきます。
痛みや病気の寛解はもちろん、
仕事や家族間のトラブルにいたるまで、
嘘みたいに解決するケースも多々あります。
わかりやすい実例をいくつかあげます。
※ 掲載許可いただいてます。ご協力ありがとうございます(´ω`)
例1 親に服従したくない
・主婦
・症状… 酷い不定愁訴。頭痛、めまいがひどい。
・表面的な問題… 親の買い物、病院など、お世話があるのに思うようにできない。親や家族に迷惑がかかる。
筋反射テストで【症状の原因】を追っかけると、「憂鬱、自己嫌悪」や胃の不調、脳圧の高さ などが出ますが、これらは表面的な原因です。
そこで、例の【問い】…

何が困るんだろ?」
すると筋反射のアンサーが変化します。

▶︎治ってしまったら、もっといいように
こき使われてしまう。
▶︎だから、治ると困る。
「心理的逆転」というやつで、この手のパターンは、唸るほどあります。
潜在意識下では「やりたくない」が本音なのですが、
言えなかったり、義務と思い込んでいるので、
本音を押さえ込んで無理します。
「本音を言えない自分」
というのが本当の問題です。
この手の不調は当然一般治療などは効かず、力ずくで治そうとすればするほど症状は強くなります。
強引に「現症状」が仮に治ったとしても、
即座に、なんの躊躇 いもなく
別のもっと強い症状を作成します。
(無意識に)
幼少期に培われた「処世術」で
「言うと反論される、面倒事になる、どうせ何を言っても無駄」などで無意識に抑えてしまいます。大人になっても本能的・自動的に起動してしまいます。
これでは
「何でも屋」の看板を掲げてる
ようなものなので
「わがままいうお客(この場合、親)」が寄ってきます。

このケースでは、その本音を素直に
「やっぱ、面倒くさいよね」
「自分の時間も欲しいよね」
「そう思っちゃうよね」と受け入れられたら、それでオッケーです。
自己対話だけで良い
ってところです。
「相手に本音をぶつけろ!」とか「本心をカミングアウトしましょう」とかハードルの高いことはしなくても、
あくまで「自分と自分との関係」を良好にすることで現象は変化するというところです。

親をどうこう、病気をどうこう、現実をどうこう変える必要はないのです。
キヅいて認めるとこれだけで全て善導します。こういうと、なんか宗教、自己啓発っぽいですが、理論的な「法則」なのです。
量子力学 でいう「関係性」なので、コチラの周波数が変化すると、周囲のものも、以前と同じ関係性を保てなくなるので、必ず何かしらの変化がおきます。
自分が「感じること」「思うこと」に良い悪いはありません。
そのジャッジ自体が小さい頃から刷り込まれた脳の思い込みです。
何を思ったっていい
のです。
みんなココを履き違えているから、胸中で悲鳴を上げながら嘘の自分を演じ続けてるのです。
そりゃ病気にもなります。
これを『否認』して
- 「そんなことありません!」
- 「そんなこと考えるのはよくない!」
とやってると、そのままです。なんなら気づくまで、どんどん症状を重くしていきます。
親側もわがままがエスカレートしてきます。
本音に気づくまでカラダは段階的に問題を大きくしてきます。
例2 息子への罪滅ぼし
・シングルマザー。成人した息子がいる。
・症状… 不定愁訴。強いだるさ、睡眠異常。
子供が働かない、何もしないから食事・身の回りのお世話で手がかかる。
・表面的な問題… 自立して欲しい、そのせいで自分の体調が悪く、時間もない。「子供さえ手がかからなければ」が口癖。
例の『問い』…

アンサーは…
▶︎だから自立されては困る。
どういうことでしょう?
こちらのお母さんは、息子さんの幼少期に、自身の夫婦関係のいざこざで、子供に手をかけられなかった。
その罪悪感が未だ残っているのでした。

今になって子供を献身的に お世話をすることで
「罪滅ぼし」していたのでした。
自分が苦しみ悩むことで当時の罪の意識を薄めようとしているのです。
人間は…特に母親はこういう感覚が色濃くでがちです。
潜在意識下で、
母親 自らが
子供が自立しないようにしていたのでした。
「『強い罪悪感』があって、自分に罰を自分で与えていたのかも…。」
こういうのも、氣づいたら解決なのです。
この否認して無意識に隠していた思考を
「そうだったかもしれない」
と内省した瞬間にオセロがひっくり返ります。

この時はウソみたいなんですが、施術が終わってスマホをみると
息子さんから「仕事決まったよ」とのLINEが入ってたという…(´Д`)」ちょっと涙出ますよね。
就職活動してる素振りもなかったそうですが…
まじで
こういうことあるのです。
量子論の「量子もつれ」という現象ですね。
2つの素粒子が、どれほど離れていても片方の状態が変化すると、もう片方の状態が瞬時に変化する現象。距離に関係なく「即時」「同時」に変化する。

この世は、自分が観測してる世界なので、自分が変わる(気づく)と、目に見えてる世界がその場で変わったりします。息子さんへの働きかけは何もしてないのに、指一本触れてないのに周りが勝手に変わるのです。
「隠れた思考に気づく」が
目の前の世界を変えることになります。
例3 みんなに仕返ししたい!(髙橋の例の)
これは、数年前の私の例
症状… ずっと利き手の指先がジンジン痺れている。
当時の状況として、仕事が、いい感じだなーと思うと、突然、いろんな問題が持ち上がり、ピンチになったり。また持ち直しては、また問題発生で落ちたり…安定しません。
繰り返すってことは、自分に何かあるのです。
指の痺れも、解剖学的にみても「辻褄の合わない」症状でしたので病院検査は無意味。内観しまくりますが、良くなる「解決」「原因」というのが筋反射テストでも的を射たアンサーがでないのです。
で、視点をさらに上げた、例の『問い』

としてみると…新に筋反射テストで反応ありで、
でました。
なんと

仕返し」
したいんです。
でした。ひー(´Д`)」なにこれ?
▶︎… 5〜6年前の例のコロナ劇場の始まりのあたり、外出制限などであらゆる店舗は厳しい状況になりましたよね。
しかもウチは「保険診療をやめる(自費診療にする)」という決断(半分、私の独断でしたが)をした時で、まさに先が見えない状況でした。
「整骨院」というのは、保険を使って診療すると窓口料金は激安になります。そのため良くも悪くも集客に悩むというのはないのですが、実は非常にうるさいルールがあるのです。その制限下では、こちらの思うような治療は全くできないのです。それが嫌で脱退に踏み切ったのでした。
当時は4〜5人のスタッフで、やっていてたのですが、
そんな状況もあり、
「さあ、みんなで、これから盛り上げていきましょう!」
…
…とはならず、
みんな
蜘蛛の子散らすように
転職していったのでした。
孤 立
私もただ「年の功」で院長をやっていただけでしたので、全く興味のない・やりたくもない肩書きに縛られて取り残された形となり、心身はとんでもないことになっていたようです。
そんなんで心の奥底に「目的行動」があり、
▶︎「報復、仕返し」
で反応ありで
(スタッフに対してですね(‘w’))
「君たちのせいで
オレは
今、こんなに不幸になってるんだぞ」
「苦しんでる自分を見せつけるため」
という…思考が隠れていたのでした。コワイですよね。これは我ながら認めたくない。
なんとも信じ難いアンサーで、当時は
「んな訳あるか💢」と一瞬 否認が出ましたが、
その瞬間に、中指の痺れがはち切れそうに強くなり、吐き気と頭痛がドカンと出てきたので、
これは「認めたくない」という身体の反応だな💧ということで、
オデコに手を当てて深呼吸してると…
「なんだかんだいって
悲しかったんだな」
というのが出てきて
「みんな いなくたっていいもん!
自分でやってくもん!」
みたいな虚勢でその「悲しかった」に蓋をし
否認しまくっていたのでした。
人というのは、その「認め難い感情」を感じるくらいなら、
「痛み」や「病気」「苦しい状況」「問題」でうやむやにしようとします。
「それを感じるくらいなら痛い方が・不幸な方がマシだ」ってなもんです。
今際の際まで認められない人もたくさんいます。「癌」などはその最たるものです。
「悔しさをバネ」にというのは、耳障りはなんとなくカッコいいですが、絶対にうまくいきません。悔しさを使って感情を抑え込んでいるので、例え上手くいっても満足感はありません。ずっと闘いの世界になります。
やってる動機が「見返すため」になってしまうので全然楽しくはないですよね(‘w’)

この「あなたのせいで自分は不幸になってます」という「報復」というのは、実は非常に多く、
その
「見せつける相手」は
「もういない」
にも関わらず無意識下で行われます。
親子関係で出た場合、
親が他界しても続きます。
「愛してほしかった」「悲しかった」などの本音を言えなかったことで自己呪縛になります。
自分への質問が人生を変える
筋反射テストでは不調の理由は必ず答えがでるのですが(身体は嘘をつかない)、質問の仕方次第というところが大きいのです。
「この痛みの原因はなんですか?」で出てくれば楽なのですが、
思考や目的が絡むと巧妙に隠れていたりします。
非常にまどろっこしいのですが、
本音を隠すと、身体は、
わかってくれるまで
いろんなバリエーションで
不調や現象として表現してきます。
逆に言うと、自分の周りで起きてること、自分の身体で起きてること、を
紐解くと自分の隠れた思考が見えてきます。
自分の嫌な部分を見ることにもなりますが、視点の違った自己質問が大きく人生が変わるきっかけになるかもしれません。















▶︎「治っちゃったら、
自分は何が困るんだろ?」
▶︎「なんで好きで、
この痛みを出してるんだろ?」