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『死に際』苦しむ人、楽に逝く人
この間の日曜日、私の叔母が急変し亡くなりました。
遺言で「お葬式から納骨まで1日でやってほしい」ということで、(汗)
日曜日のお通夜から、月曜に葬儀、納骨まで一気に行い、目まぐるしい2日間でした。
死因としては、一応ガン。
原発がわからないくらい内臓中にガンがあったそうです。
それでも『どこも痛くない』という状態でした。モルヒネ打つほど痛む人もいるのに(´Д`)」
やや認知症はあったようですが、スッと逝ったような感じです。
苦労してきた方でしたが、晩年はまさに自分のために生きるでしたので思い残しがなかったのかもしれません。
逆にウチの父が亡くなる時なんかは、咳き込みながら結構苦しそうにしていましたね。対象的だなーという感じ。
苦しむ肉親をみても『それでも逝かせない』という感情
当時、父が安定しない時…咳き込んで呻いていたり、痰の吸引なんかをしてもらってるのを見ると、
『寝たきりで生き延びるくらいなら、早く楽にしてあげたい』
と居直って思っていましたが…
実際、危険な状態になり死が迫ると、
『わ〜イヤだ〜!逝かないで〜!』
『やっぱりどんなカタチでもいいから生きていてほしい!』
と、苦しんでいる当人のことなどお構いなしに何か感情が湧き上がり、何とか延命してほしくなります。
肉体的に、限界なんだろうなと、感じながらも、コッチの方で勝手に治療、調整かけては
…少し安定して、ホッとして
…で、また、水分不足や毒素の蓄積で
また、乱れて…
の繰り返し。
もう、【神頼み】してましたね。
治療家として、メチャ、カッコ悪いですね(´Д`)」
【延命】…難しい問題ですが、
人の寿命、終わり方をコントロールしようとすること自体、勝手な行為ですよね。
父もやっと楽になれて、ようやく、コレが命ってものだよなーと腑に落ちた。…かなと思いきや…
で、今回、叔母さんが入院した時、どうしたかというと…
父の時と全く同じ反応をしてしまいました(´Д`)」
『わ〜イヤだ〜!逝かないで!』
『やっぱりどんなカタチでもいいから生きていてほしい!』
と、当人の意思などお構いなしに何か感情が湧き上がり、勝手に遠隔で 治療、調整を始める始末。
ただ、叔母の場合、筋反射でチェックすると、幼少期の『理不尽』に対する強いストレス(昭和初期の長女なので)があったくらいで、『命に関わるカラダの不調はなし』の反応でした。(ガンはあるけど、害はないという状態)
「これは元気になるなー」
と思いきや…
『今朝亡くなったよ』の知らせ、、
「マジかー(悪化反応ないのにー💦)」って感じでした。
でも、苦しまずにすんなり逝けた というのを聞いて安心しました。
「自覚のある不調」がない状態…でも、肉体的には終わっていく。
『自分で決めて逝けた』という反応ですね。
周りが何しようが、
自分で寿命はもう決めていて、
その時点で
特にやり残しがなければ、
内臓がガン細胞で満タンだろうが、
苦しまずアッサリ旅立てるようですね。
寂しい…だけじゃない
さて、残された家族が、この相手の寿命までコントロールしようとする気持ち…
寂しい…は一般的に当たり前にありますが、
とりわけ私のこの見苦しいまでの感情をチェックしてみると、『寂しさ』に大幅に勝る
罪悪感・後悔という感情です。
つまり、生きてる間に、
謝りたかった事がある、
お礼を言いたかった事がある
それを、伝えきれてないというのが、
この感情【まだ逝かないで😭』の正体のようです。
アルアルだと思いますが…いや〜勝手なもんですよね。
亡くなりそうになってから、あるいは、亡くなってから、気付く…
まさに、失って気付くは、よく言われているとおりですね。
夏休み終了前日になって「宿題終わってない!」と焦ってる受験生のような…
普段から、
感謝は持ち越さずに
素直に伝えるべきですね(´ω`)
当たり前にいる家族に…
日常に押されていると、家族の「イヤなところ」ばかり目につきますが、
それの倍以上ある『感謝するところ』
も、しっかり確認して、
その都度、伝えれば良いだけですね。