全くの別物。「事実」と「真実」
「事実」と「真実」の違い…
「同じでしょ⁈」となりますが、似て非なるもの。

この二つをキッチリ切り分けることができると、
日常のストレスは激減します。
ていうか「自分でお化け(悩み)を作り出してたんだな」とアホらしくなります。
まず、【事実】と【真実】という言葉の定義から。
というもの。
一方で、
【真実】というのは、 「その人の「思い込み」や「解釈」が加わり、そこから自分が展開する物語」
です。
だから、【事実】は必ず一つですが、
それに対する【真実】は
人の数だけあるのです。


人はこの、【事実】とは違った、
自分で作った勘違いの物語 に
ハマって日々を苦しんでいます。
【事実】と【真実】を切り分ける。
コレだけで、
毎日がとてもラクになります。
以下、例を幾つかあげます。
【真実】とは「その人だけの物語」
【事実】に、
自分の
- 「解釈」
- 「思い込み」
が加わる事で、人それぞれ違った【真実】ができあがります。
▶︎例えば、
「口座の中に預金残高が5,000円あった」とします。
「5,000円ある」
これは、誰が見てもそうなので【事実】ですね。
でも、
「5,000円しかない 」
となった瞬間、それはその人の解釈が加わってるので【真実】になります。
「少ないなぁ」「また不足になる」などの解釈(思考パターン)があるから
「〜しかない」という言い方になります。こうなると不足感が湧き上がり、「不安」や「憂鬱感」などの感情に支配されることになります。
5,000円を
- 「多い」と思う人もいる。
- 「少ない」と思う人もいる。
- 「ちょうどいい」と思う人もいる。
同じ5,000円という【事実】を見ても、
人によって受け取り方が違うわけです。
▶︎「コップの水」の例え話
も有名ですよね。
コップに「半分の水が入っている」
【事実】に対して
「半分しかない」
という人と
「まだ半分もある」
という人もいる。
解釈次第で前者は「がっかり」だし、後者は「喜び」ですよね。
▶︎街を歩いていて、誰かとぶつかったとします。
「人とぶつかった」
これは【事実】。
でも、
「ぶつけられた」
という言い方になると…
それはもう、
「被害者意識」の解釈ですよね。
その人だけの【真実】です。
▶︎無視された
コレも【事実】は
「相手に返事がなかった」だけですが、
- 「自分はいつも責められる」
- 「自分は価値がない」
- 「周りは自分を嫌っている」
などの解釈(思考パターン)があると、
「返事がなかった」という【事実】に自分の解釈をふりかけて
「無視された」
と【真実】になります。
こうして、「あの人は酷い!」だの「私が悪いんだ」だの、
ワーキャーいって、自律神経を自ら乱していきます。
コレ…
壮大な勘違い
というのがわかりますか?
勝手に勘違いして、勝手に悩んでいるのです。人というのは…
【事実】をハッキリさせないと何も始まらない
その感情が【事実】から生まれたものなのか?
それとも「自分の解釈」や「思い込み」から生まれたものなのか?
ここを分けることができると、
とてもラクになります。
- 「きっとこうなんだ」
- 「絶対こう思われている」
- 「私は大切にされていない」
【事実】に自分の解釈を加えた、そんな物語の中で、ああでもないこうでもない悩んでも、出口はないです。
だって自分で解釈を入れた
ただの勘違いですから。
もっというと自作自演、自分で火をつけて、火事だーって騒いでるようなものなのです。ハズいですよね。
だからまず、
「【事実】として、一体何が起こっているのか?」
を見るクセをつけます。
▶︎旦那が「リビングで真顔で座ってる」のを見て
「旦那が真顔で座ってる」
というのが【事実】です。
ところが、
- 「また、不機嫌だ」
- 「きっと文句を言い出す」
- 「私、なんか気に触る事したかな」
- 「何をしだすかわからん」
などなど、ここから物語が始まります。
でも、本当にそうなんでしょうか?
旦那は、
ただ、座ってるだけです。
このように【事実】を見ていきます。
そのモヤモヤが
「自分の解釈が作りだしてるかもな」
と 気づく事で、
無駄に悩まなくてすみます。
「きっとこう思われている」は、本当に事実?
これは、人間関係でも、ものすごく多いです。
- 「きっと、あの人は私のことをこう思っている」
- 「嫌われているんじゃないか」
- 「自分なんて必要ないんじゃないか」
- 「絶対そうに違いない」
でも、
それ、確かめましたか?
▶︎例えば、仕事で作業を頼まれて
「ここ、間違ってるよ」と言われた。
これ指摘されたが【事実】。
ところが、それを聞いた本人が、
- 「ああ、使えないやつと思われた」
- 「いつも責められる」
- 「自分には能力がないんだ」
- 「自分なんていらないんだ」
と受け取ってしまう(´Д`)」
でも、相手は一言も、
そんなこと言ってません。
「ここが間違っている」と言っただけです。
【事実】と【真実】が、いつの間にか入れ替わっているのです。
こういうことが、日常で
ものすごくたくさんあります。
ほとんどの悩みがコレと言っても過言ではないです。

大抵、子供時代に親や学校から刷り込まれます。
コレを手放していくことが、
ストレス自体を感じなくする
唯一の方法です。
人は歪な解釈のオンパレード
▶︎例えば、自分のフォロワーが「1」減った。
すると、
- 「自分のスキルが低いからだ」
- 「もっと勉強しなきゃいけない」
- 「自分には能力が足りないんだ」
と考えて、必死にスキルアップを始める。もちろん、本当にスキルを高めたいのであれば、それは素晴らしいことです。
でも、いま一度【事実】をみて
なんとなくフォローして…
なんとなく解除する…なんてのは良くある事。
なのに、
人は不安になると、
「思考優位」になりますから
- 「みんなはきっとこう思っている」
- 「お客さんはこう思っている」
- 「きっと自分のせいだ」
- ……。
解釈のオンパレード
になってしまうと、
ものすごく無駄なエネルギーを使います。

だからこそ、
「【事実】として、一体どうなんですか?」 「私は、どんな解釈を加えてるのか?」
と、一つひとつ確認していく。
すると、
全然、悩むべき事ではなかった、
ということがザラにあります。
思考パターンの手放し=視野が広くなる
「どれだけの人が、リアルな目で現実を見て、【事実】を見て生きているんだろう?」
私自身も含めて、なかなか難しいものです。
「事実を見る」という
訓練をしていく。
日々少しずつ、
- 「それは本当に【事実】なのか?」
- 「それとも、自分の解釈なのか?」
解釈(思考パターン)に気づいたら、しめたもの。
必要のない思考パターンは、
気づいた段階で
勝手に手放しが始まります。
抽象度がワンランクアップ。
同じ感情は、出てこなくなります。
抽象度が上がると、
自分の感じ方や
見える世界…つまり周囲の人・環境が
指一本触れずに変わっていきます。
今までとは違ったものが見えてくるかもしれません。

「抽象度」とは「視野の広さ」と言い換えられます。器のデカさともいえますね。
重ねて、まずは、
「事実と真実を分けてみる」
ところから始めてみて下さい(´ω`)








【事実】というのは、
「誰が見ても、こういうことが起こっているよね」